る》めず、夜明近い鶏の頻りに啼立てるまで、厩の馬の鬣《たてがみ》を振ふ音や、ゴト/\破目板を蹴る音を聞きながら、これといふ話もなかつたけれど、丑之助を帰してやらなかつた。

     六

 其|翌朝《あくるあさ》は、グツスリと寝込んでゐる所をお八重に起されて、眠い眼を擦《こす》り/\、麦八分の冷飯に水を打懸《ぶつか》けて、形許《かたばか》り飯を済まし、起きたばかりの父母や弟に簡単な挨拶をして、村端れ近い権作の家の前へ来ると、方々から一人二人水汲の女共が、何れも眠相《ねむさう》な顔をして出て来た。荷馬車はもう準備《したく》が出来てゐて、権作は嬶《かかあ》に何やら口小言を言ひながら、脚の太い黒馬《あを》を曳き出して来て馬車に繋いでゐた。
『何処へ』と問ふ水汲共には『盛岡へ』と答へた。二人は荷馬車に布いた茣蓙《ござ》の上に、後向になつて行儀よく坐つた。傍には風呂敷包。馬車の上で髪を結つて行くといふので、お八重は別に櫛やら油やら懐中鏡やらの小さい包みを持つて来た。二人共木綿物ではあるが、新しい八丈|擬《まが》ひの縞の袷を着てゐた。
 軈《やが》て権作は、ピシヤリと黒馬《あを》の尻を叩いて、『
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