たゞよ? 俺ア此頃|少許《すこし》急しくて四日許り来ねえでたのを、汝《うな》ア憤《おこ》つたのげえ?』
『嘘だ!』とお定は囁く。
『嘘でねえでヤ。俺ア真実《ほんと》に、汝《うな》アせえ承知して呉《け》えれば、夫婦《いつしよ》になりてえど思つてるのに。』
『嘘だ!』とお定はまた繰返して、一層強く男の胸に顔を埋めた。
 暫しは女の歔欷《すすりな》く声のみ聞えてゐたが、丑之助は、其漸く間断々々《とぎれとぎれ》になるのを待つて、
『汝《うな》ア頬片《ほつぺた》、何時来ても天鵞絨《ビロウド》みてえだな。十四五の娘子《めらしご》と寝る様だ。』と言つた。これは此若者が、殆んど来る毎にお定に言つてゆく讃辞《ことば》なので。
『十四五の娘子供《めらしやど》とも寝てるだべせア。』とお定は鼻をつまらせ乍ら言つた。男は、女の機嫌の稍《やや》直つたのを見て、
『嘘だあでヤ。俺ア、酒でも飲んだ時ア他《ほか》の女子《をなご》さも行《え》ぐども、其※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《そんた》に浮気ばしてねえでヤ。』
 お定は、胸の中で、此丑之助にだけは東京行の話をしても可か
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