別に思合つた訳でなく、末の約束など真面目にした事も無いが、怎かして寝つかれぬ夜などは、今頃丑さんが誰と寝てゐるかと、嫉《や》いて見た事のないでもない。私とお八重さんが居なくなつたら、丑さんは屹度お作の所に許りゆくだらうと考へると、何かしら妬ましい様な気もした。
 胸に浮ぶ思の数々は、それからそれと果しも無い。お定は幾度《いくたび》か一人で泣き、幾度か一人で微笑《ほほゑ》んだ。そして、遂《つい》うと/\となりかゝつた時、勝手の方に寝てゐる末の弟が、何やら声高に寝言を言つたので、はツと眼が覚め、嗚呼あの弟は淋しがるだらうなと考へて、睡気《ねむけ》交りに涙ぐんだが、少女《をとめ》心の他愛なさに、二人の弟が貰ふべき嫁を、誰彼となく心で選んでるうちに、何時しか眠つて了つた。

     四

 目を覚ますと、弟のお清書を横に逆《さかし》まに貼つた、枕の上の煤けた櫺子《れんじ》が、僅かに水の如く仄めいてゐた。誰もまだ起きてゐない。遠近《をちこち》で二番鶏が勇ましく時をつくる。けたたましい羽搏きの音がする。
 お定はすぐ起きて、寝室《ねま》にしてゐる四畳半許りの板敷を出た。手探りに草裏を突かけて、表
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