しかつた位で、遂十日許り前、朝草刈の帰りに、背負うた千草の中に、桔梗や女郎花《をみなへし》が交つてゐたのを、村端《むらはづれ》で散歩してゐた藤田に二三本呉れぬかと言はれた、その時初めて言葉を交したに過ぎぬ。その翌朝からは、毎朝咲残りの秋の花を一束宛、別に手に持つて来るけれども、藤田に逢ふ機会がなかつた。あの先生さへ優しくして呉れたら、何も私は東京などへ行きもしないのに、と考へても見たが、又、今の身分ぢや兎ても先生のお細君《かみ》さんなどに成れぬから、矢張三年行つて来るが第一だとも考へる。
四晩に一度は屹度忍んで寝に来る丑之助――兼大工《かねだいく》の弟子で、男振りもよく、年こそまだ二十三だが、若者《わかいもの》中で一番幅の利く――の事も、無論考へられた。恁《かか》る田舎の習慣《ならはし》で、若い男は、忍んで行く女の数の多いのを誇りにし、娘共も亦、口に出していふ事は無いけれ共、通つて来る男の多きを喜ぶ。さればお定は、丑之助がお八重を初め三人も四人も情婦《をんな》を持つてる事は熟《よ》く知つてゐるので、或晩の如きは、男自身の口から其情婦共の名を言はして擽《くすぐ》つて遣つた位。二人の間は
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