おら》知らねえす。」と人の後に隠れる。
小学校での成績は、同じ級《クラス》のお八重などよりは遙《ずつ》と劣つてゐたさうだが、唯一つ得意なのは唱歌で、其為に女教員からは一番可愛がられた。お八重は此反対に、今は他に縁づいた異腹《はらちがひ》の姉と一緒に育つた所為《せゐ》か、負嫌ひの、我の強い児で、娘盛りになつてからは、手もつけられぬ阿婆摺《あばずれ》になつた。顔も亦、評判娘のお澄といふのが一昨年《おととし》赤痢で亡くなつてから、村で右に出る者がないので、目尻に少許《すこし》険しい皺があるけれど、面長のキリヽとした輪廓が田舎に惜しい。此反対な二人の莫迦《ばか》に親密《なかよし》なのは、他の娘共から常に怪まれてゐた位で、また半分は嫉妬《やきもち》気味から、「那※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《あんな》阿婆摺《あばずれ》と一緒にならねえ方が可《え》えす。」と、態々《わざわざ》お定に忠告する者もあつた。
お定が其夜枕についてから、一つには今日何にも働かなかつた為か、怎《どう》しても眠れなくて、三時間許りも物思ひに耽つた。真黒に煤けた板戸一枚の彼方か
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