女方《あんたがた》自分の事《こつ》たからね。汽車の中で乳飲みたくなつたと言つて、泣出されでもしちや、大変な事になるから喃《なあ》。』
『誰ア其※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《そんな》に……。』とお八重は肩を聳かした。
『まあさ。然う直ぐ怒《おこ》らねえでも可いさ。』と源助はまたしても笑つて、『一度東京へ行きや、もう恁※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《こんな》所にや一生帰つて来る気になりませんぜ。』
お八重は「帰つて来なくつても可い。」と思つた。お定は、「帰つて来られぬ事があるものか。」と思つた。
程なく四辺《あたり》がもう薄暗くなつて行くのに気が付いて、二人は其処を出た。此時まではお定は、まだ行くとも行かぬとも言はなかつたが、兎も角も明日|決然《しつかり》した返事をすると言つて置いて、も一人お末といふ娘にも勧めようかと言ふお八重の言葉には、お末の家が寡人《ひとすくな》だから勧めぬ方が可いと言ひ、此話は二人|限《きり》の事にすると堅く約束して別れた。そして、表道を歩くのが怎《どう》やら気が咎
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