の[#「東京の」に傍点]理髪師と云へば、怎《どう》やら少し意味が別なので、銀座通りの写真でも見た事のある人は、早速源助さんの家の立派な事を想像した。
翌日《あくるひ》は、各々自分の家に訪ねて来るものと思つて、気早の老人《としより》などは、花茣蓙を押入から出して炉辺に布いて、渋茶を一掴み隣家《となり》から貰つて来た。が、源助さんは其日朝から白井様へ上つて、夕方まで出て来なかつた。
其晩から、かの立派な鞄から出した、手拭やら半襟やらを持つて、源助さんは殆んど家毎に訪ねて歩いた。
お定の家へ来たのは、三日目の晩で、昼には野良に出て皆留守だらうと思つたから、態々《わざわざ》後廻しにして夜に訪ねたとの事であつた。そして、二時間許りも麦煎餅を噛りながら、東京の繁華な話を聞かせて行つた。銀座通りの賑ひ、浅草の水族館、日比谷の公園、西郷の銅像、電車、自動車、宮様のお葬式《とむらひ》、話は皆想像もつかぬ事許りなので、聞く人は唯もう目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》つて、夜も昼もなく渦巻く火炎に包まれた様な、凄じい程な華やかさを漠然と頭脳《あたま》に描いて見るに過ぎなかつたが、浅
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