つて幽かに笑つた。それから二三分の間は、東京ぢや怎して水を汲むだらうと云ふ様な事を考へてゐたが、お八重が寝返りをして此方へ顔を向けた。何夢を見てゐるのか、眉と眉の間に皺を寄せて苦し相に息をする。お定はそれを見ると直ぐ起き出して、声低くお八重を呼び起した。
お八重は、深く息を吸つて、パツチリと目を開けて、お定の顔を怪訝相《けげんさう》に見てゐたが、
『ア、家《え》に居《え》だのでヤなかつたけな。』と言つて、ムクリと身を起した。それでもまだ得心がいかぬといつた様に周囲《あたり》を見廻してゐたが、
『お定さん、俺《おら》ア今夢見て居《え》だつけおんす。』と甘える様な口調。
『家《え》の方のすか?』
『家《え》の方のす。ああ、可怖《おつかな》がつた。』とお定の膝に投げる様に身を恁せて、片手を肩にかけた。
其夢といふのは恁《か》うで。――村で誰か死んだ。誰が死んだのか解らぬが、何でも老人《としより》だつた様だ。そして其葬式が村役場から出た。男も女も、村中の人が皆野送の列に加つたが、巡査が剣の束《つか》に手をかけながら、『物を言ふな、物を言ふな』と言つてゐた。北の村端《むらはづれ》から東に折れると、一町半の寺道、其半ば位まで行つた時には、野送の人が男許り、然も皆洋服を着たり紋付を着たりして、立派な帽子を冠つた髯の生えた人達許りで、其中に自分だけが腕車の上に縛られてゆくのであつたが、甚※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《どんな》人が其腕車を曳いたのか解らぬ。杉の木の下を通つて、寺の庭で三遍廻つて、本堂に入ると、棺桶の中から何ともいへぬ綺麗な服装をした、美しいお姫様の様な人が出て中央に坐つた。自分も男達と共に坐ると、『お前は女だから。』と言つて、ずつと前の方へ出された。見た事もない小僧達が奥の方から沢山出て来て、鐃《かね》や太鼓を鳴らし初めた。それは喇叭節の節であつた。と、例《いつも》の和尚様が払子《ほつす》を持つて出て来て、綺麗なお姫様の前へ行つて叩頭《おじぎ》をしたと思ふと、自分の方へ歩いて来た。高い足駄を穿いてゐる。そして自分の前に突立つて、『お八重、お前はあのお姫様の代りにお墓に入るのだぞ。』と言つた。すると何時の間にか源助さんが側《かたはら》に来てゐて、自分の耳に口をあてて『厭だと言へ、厭だと言へ。』と教へて呉れた。で、『厭
前へ
次へ
全41ページ中25ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング