を着た、布袋の樣に肥つた忠太爺が、長火鉢に源助と向合つてゐて、お定を見るや否や、突然《いきなり》、
『七日八日見ねえでる間《うち》に、お定ツ子ア遙《ぐつ》と美《え》え女子《をなご》になつた喃《なあ》。』と四邊《あたり》構はず高い聲で笑つた。
 お定は路々、郷里から迎ひが來たといふのが嬉しい樣な、また、其人が自分の嫌ひな忠太と訊いて不滿な樣な心地もしてゐたのであるが、生れてから十九の今まで毎日々々慣れた郷里言葉《くにことば》を其儘に聞くと、もう胸の底には不滿も何も消えて了つた。
 で、忠太は先ず、二人が東京へ逃げたと知れた時に、村では兩親初め甚※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《どんな》に驚かされたかを語つた。源助さんの世話になつてるなれば心配はない樣なものの、親心といふものは又別なもの、自分も今は忙がしい盛りだけれど、強《たつ》ての頼みを辭《こば》み難く、態々《わざ/\》迎ひに來たと語るのであつたが、然し一言もお定に對して小言がましい事は言はなかつた。何故なれば忠太は其實、矢張源助の話を聞いて以來、死ぬまでに是非共一度は東京見物に行きたいものと、家
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