本意《ほんい》ないだらうけれども、この内儀《おかみ》さんと一緒に歸つたら可《よ》からうと言ふ奧樣の話で、お定は唯顏を赤くして堅くなつて聞いてゐたが、軈てお吉に促されて、言葉寡《ことばすくな》に禮を述べて其家を出た。
 戸外《おもて》へ出ると、お定は直ぐ、
『甚※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《どんな》人だべ、お内儀《かみ》さん!』と訊いた。
『いけ好かない奧樣だね。』と言つたが、『迎への人かえ? 何とか言つたけ、それ、忠吉さんとか忠次郎さんとかいふ、禿頭《はげあたま》の腹の大《でつ》かい人だよ。』
『忠太ツて言ふべす、そだら。』
『然《さ》う/\其忠太さんさ。面白い言葉な人だねえ。』と言つたが、『來なくても可いのに、お前さん達許り詰らないやね、態々《わざ/\》出て來て直ぐ伴れて歸られるなんか。』
『眞《ほん》に然《さ》うでごあんす。』と、お定は口を噤んで了つた。
 稍あつてから又、『お八重さんは怎《どう》したべす?』と訊いた。
『お八重さんには新太郎が迎ひに行つたのさ。』
 源助の家へ歸ると、お八重はまだ歸つてゐなかつたが、腰までしか無い短い羽織
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