てゐた。
お吉の言ふ所では、迎への人が今朝着いたといふ事で、昨日上げた許りなのに誠に申譯がないけれど、これから直ぐお定を歸してやつて呉れと、言葉|滑《なめ》らかに願つてゐた。
『それはもう、然《さ》ういふ事情なれば、此方で置きたいと言つたつて仕樣がない事だし、伴れて歸つても構ひませんけれど、』と奧樣は言つて、『だけどね、漸《や》つと昨晩《ゆうべ》來た許りで、まだ一晝夜にも成らないぢやないかねえ。』
『其處ン所は何ともお申譯がございませんのですが、何分手前共でも迎への人が來ようなどとは、些《ちつ》とも思懸けませんでしたので。』
『それはまあ仕方がありませんさ。だが、郷里《くに》といつても隨分遠い所でせう?』
『ええ、ええ、それはもう遙《ずつ》と遠方で、南部の鐵瓶を拵へる處よりも、まだ餘程田舍なさうでございます。』
『其※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《そんな》處からまあ、よくねえ。』と言つて、『お定や、お定や。』
お定は、怎《どう》やら奧樣に濟まぬ樣な氣がするので、怖る怖る行つて坐ると、お前も聞いた樣な事情だから、まだ一晝夜にも成らぬのにお前も
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