を赤くしながら、
『これでごあんすか?』と奧樣の顏を見た。バケツといふ物は見た事がないので。
『然うとも。それがバケツでなくて何ですよ。』と稍御機嫌が惡い。
お定は、怎※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]物に水を汲むのだもの、俺には解る筈がないと考へた。
此家では、『水道』が流場の隅にあつた。
長火鉢の鐵瓶の水を代へたり、方々雜布を掛けさせられたりしてから、お定は小路を出て一町程行つた所の八百屋に使ひに遣られた。奧樣は葱とキヤベーヂを一個買つて來いといふのであつたが、キヤベーヂとは何の事か解らぬ。で、恐る/\聞いて見ると、『それ恁※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《こんな》ので(と兩手で圓を作つて)白い葉が堅く重なつてるのさ。お前の郷里《くに》にや無いのかえ。』と言はれた。でお定は、
『ハア、玉菜でごあんすか。』と言ふと、
『名は怎《どう》でも可《い》いから早く買つて來なよ。』と急《せ》き立てられる。お定はまた顏を染めて戸外へ出た。
八百屋の店には、朝市へ買出しに行つた車がまだ歸つて來ないので、昨日の賣殘
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