ら稽古せよと、『かしこまりました。』とか『行つてらツしやい。』とか、『お歸んなさい。』とか『左樣《さい》でございますか。』とか、繰返し/\教へるのであつたが、二人は胸の中でそれを擬《ま》ねて見るけれど、仲々お吉の樣にはいかぬ。郷里《くに》言葉の『然《そ》だすか。』と『左樣《さい》でございますか。』とは、第一長さが違ふ。二人には『で』に許り力が入つて、兎角『さいで、ございますか。』と二つに切れる。『さあ、一《ひと》つ口《くち》に出して行《や》つて御覽なさいな。』とお吉に言はれると、二人共すぐ顏を染めては、『さあ』『さあ』と互ひに讓り合ふ。
 それからお吉は、また二人が餘り温《おと》なしくして許りゐるので、店に行つて見るなり、少し街上《おもて》を歩いてみるなりしたら怎《どう》だと言つて、
『家の前から昨晩《ゆうべ》腕車《くるま》で來た方へ少し行くと、本郷の通りへ出ますから、それは/\賑かなもんですよ。其處の角には勸工場と云つて何品《なん》でも賣る所があるし、右へ行くと三丁目の電車、左へ行くと赤門の前――赤門といへば大學の事ですよ、それ、日本一の學校、名前位は聞いた事があるでせうさ。何《なあ
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