で桶を一つ宛《づゝ》輕々と持つて勝手口まで運んだが、背後《うしろ》からお吉が、
『まあお前さん達は力が強い事!』と笑つた。此の後に潜んだ意味などを察する程に、怜悧《かしこ》いお定ではないので、何だか賞められた樣な氣がして、密《そつ》と口元に笑を含んだ。
 それから、顏を洗へといはれて、急いで二階から淺黄の手拭やら櫛やらを持つて來たが、鏡は店に大きいのがあるからといはれて、怖る/\種々《いろ/\》の光る立派な道具を飾り立てた店に行つて、二人は髮を結ひ出した。間もなく、表二階に泊つてる職人が起きて來て、二人を見ると、『お早う。』と聲をかけて妙な笑を浮べたが、二人は唯もうきまりが惡くて、顏を赤くして頭を垂れてゐる儘、鏡に寫る己が姿を見るさへも羞しく、堅くなつて※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]卒《そゝくさ》に髮を結つてゐたが、それでもお八重の方はチョイチョイ横目を使つて、職人の爲る事を見てゐた樣であつた。
 すべて恁※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《こんな》具合で、朝餐《あさめし》も濟んだ。其朝餐の時は、同じ食卓に源助夫婦と新さんとお八重お定の
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