笑ひ續けてゐた。
階下《した》では裏口の戸を開ける音や、鍋の音がしたので、お八重が先に立つて階段を降りた。お吉はそれと見て、
『まあ早いことお前さん達は、まだ/\寢《やす》んでらつしやれば可いのに。』と笑顏を作つた。二人は勝手への隔《へだて》の敷居に兩手を突いて、『お早エなつす。』を口の中だけに言つて、挨拶をすると、お吉は可笑しさに些《ちよつ》[#ルビの「ちよつ」は底本では「ちよ」]と横向いて笑つたが、
『怎もお早う。』と晴やかに言ふ。
よく眠れたかとか、郷里《くに》の夢を見なかつたかとか、お吉は昨晩《ゆうべ》よりもズット忸《なれ》々しく種々《いろ/\》な事を言つてくれたが、
『お前さん達のお郷里《くに》ぢや水道はまだ無いでせう?』
二人は目を見合せた。水道とは何の事やら、其話は源助からも聞いた記憶《おぼえ》がない。何と返事をして可《い》いか困つてると、
『何でも一通り東京の事知つてなくちや、御奉公に上つても困るから、私と一緒に入來《いらつ》しやい。教へて上げますから。』と、お吉は手桶を持つて下り立つた。『ハ。』と答へて、二人とも急いで店から自分達の下駄を持つて來て、裏に出ると、
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