ふ事は口に出さなかつた。左《さ》う右《か》うしてるうちに、階下《した》では源助が大きな※[#「※」は「口+愛」、第3水準1−15−23]《あくび》をする聲がして、軈てお吉が何か言ふ。五分許り過ぎて誰やら起きた樣な氣色《けはひ》がしたので、二人も立つて帶を締めた。で、蒲團を疊まうとしてが、お八重は、
『お定さん、昨晩《ゆべな》持つて來た時、此蒲團どア表《おもで》出して疊まさつてらけすか、裏出して疊まさつてらけすか?』と言ひ出した。
『さあ、何方《どつら》だたべす。』
『何方だたべな。』
『困つたなア。』
『困つたなす。』と、二人は暫時《しばらく》、呆然《ぼんやり》立つて目を見合せてゐたが、
『表なやうだつけな。』とお八重。
『表だつたべすか。』
『そだつけ。』
『そだたべすか。』
軈て二人は蒲團を疊んで、室の隅に積み重ねたが、恁※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《こんな》に早く階下《した》に行つて可いものか怎《どう》か解らぬ。怎しよと相談した結果、兎も角も少し待つて見る事にして、室の中央《まんなか》に立つた儘|四邊《あたり》を見※[#「えんにょう+
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