リリと角帶を結んだ恰好の好さ。髮は綺麗に分けてゐて、鼻が高く、色だけは昔ながらに白い。
 一體、源助は以前靜岡在の生れであるが、新太郎が二歳《ふたつ》の年に飄然《ぶらり》と家出して、東京から仙臺盛岡、其盛岡に居た時、恰も白井家の親類な酒造家の隣家の理髮店《とこや》にゐたものだから、世話する人あつてお定らの村に行つてゐたので、父親に死なれて郷里に歸ると間もなく、目の見えぬ母とお吉と新太郎を連れて、些少《いささか》の家屋敷を賣拂ひ、東京に出たのであつた。其母親は去年の暮に死んで了つたので。
 お茶も出された。二人が見た事もないお菓子も出された。
 源助とお吉との會話が、今度死んだ凾館の伯父の事、其葬式の事、後に殘つた家族共の事に移ると、石の樣に堅くなつてるので、お定が足に痲痺《しびれ》がきれて來て、膝頭《ひざがしら》が疼《うづ》く。泣きたくなるのを漸く辛抱して、凝《ぢつ》と疊の目を見てゐる辛さ。九時半頃になつて、漸々《やう/\》『疲れてゐるだらうから』と、裏二階の六疊へ連れて行かれた。立つ時は足に感覺がなくなつてゐて、危く前に仆《のめ》らうとしたのを、これもフラフラしたお八重に抱きついて、
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