さいましよ。』
 お定は此時、些《ちつ》とも氣が附かずに何もお土産を持つて來なかつたことを思つて、一人胸を痛めた。
 お吉は小作りなキリリとした顏立の女で、二人の田舍娘には見た事もない程立居振舞が敏捷《すばしこ》い。黒繻子の半襟をかけた唐棧《たうざん》の袷を着てゐた。
 二人は、それから名前や年齡《とし》やをお吉に訊《き》かれたが、大抵源助が引取つて返事をして呉れた。負けぬ氣のお八重さへも、何か喉《のど》に塞《つま》つた樣で、一言も口へ出ぬ。況《ま》してお定は、これから、怎《どう》して那※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《あんな》滑《なめら》かな言葉を習つたもんだらうと、心細くなつて、お吉の顏が自分等の方に向くと、また何か問はれる事と氣が氣でない。
『阿父樣《おとつつあん》、お歸んなさい。』と言つて、源助の一人息子の新太郎も入つて來た。二人にも挨拶して、六年許り前に一度お定らの村に行つた事があるところから、色々と話を出す。二人は又之の應答《うけこたへ》に困らせられた。新太郎は六年前の面影が殆ど無く、今はもう二十四五の立派な男、父に似ず背が高くて、キ
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