ットホォーム、潮の樣な人、お八重もお定も唯小さくなつて源助の兩袂に縋つた儘、漸々《やう/\》の思で改札口から吐出されると、何百輛とも數知れず列んだ腕車、廣場の彼方は晝を欺く滿街の燈火、お定はもう之だけで氣を失ふ位おッ魂消《たまげ》て了つた。
腕車《くるま》が三輛、源助にお定にお八重といふ順で驅け出した。お定は生れて初めて腕車に乘つた。まだ見た事のない夢を見てゐる樣な心地で、東京もなければ村もない、自分といふものも何處へ行つたやら、在るものは前の腕車に源助の後姿許り。唯|※[#「りっしんべん+「夢」の「タ」に代えて「目」」、第4水準2−12−81]乎《ぼんやり》として了つて、別に街々の賑ひを仔細に見るでもなかつた。燦爛たる火光《あかり》、千萬の物音を合せた樣な轟々たる都の響、其火光がお定を溶かして了ひさうだ。其響がお定を押潰して了ひさうだ。お定は唯もう膝の上に載せた萠黄の風呂敷包を、生命よりも大事に抱いて、胸の動悸を聽いてゐた。四邊《あたり》を數限りなき美しい人立派な人が通る樣だ。高い高い家もあつた樣た。
少し暗い所へ來て、ホッと息を吐いた時は、腕車が恰度《ちやうど》本郷四丁目から
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