た。これは此若者が、殆んど來る毎にお定に言つてゆく讃辭《ことば》なので。
『十四五の娘子供《めらしやど》ども寢でるだべせア。』とお定は鼻をつまらせ乍ら言つた。男は、女の機嫌の稍直つたのを見て、
『嘘だあでヤ。俺ア、酒でも飮んだ時ア他《ほか》の女子さも行《え》ぐども、其※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《そんな》に浮氣ばしてねえでヤ。』
お定は胸の中で、此丑之助にだけは東京行の話をしても可からうと思つて見たが、それではお八重に濟まぬ。といつて、此儘何も言はずに別れるのも殘惜しい。さて怎《どう》したものだらうと頻りに先刻《さつき》から考へてゐるのだが、これぞといふ決斷もつかぬ。
『丑さん。』稍あつてから囁いた。
『何しや?』
『俺ア明日《あした》……』
『明日? 明日の晩も來るせえ。』
『そでねえだ。』
『だら何しや?』
『明日《あした》俺《おれ》ア、盛岡さ行つて來るす。』
『何しにせヤ?』
『お八重さんが千太郎さん許《とこ》さ行くで、一緒に行つて來るす。』
『然《さ》うが、八重ツ子ア今夜《こんにや》、何とも言はながつけえな。』
『だらお前、今夜《こ
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