しろ餘り突然なので、唯目を圓くするのみだつた。
『怎《どう》したけな?』と囁いてみたが返事がなくて一層|歔欷《すゝりな》く。と、平常《ふだん》から此女の温《おとな》しく優しかつたのが、俄かに可憐《いじらし》くなつて來て、丑之助は又、
『怎したけな、眞《ほんと》に?』と繰返した。『俺ア何が惡い事でもしたげえ?』
お定は男の胸に密接《ぴつたり》と顏を推着《おしつ》けた儘で、強く頭を振つた。男はもう無性にお定が可憐《いぢらし》くなつて、
『だから怎《どう》したゞよ? 俺ア此頃少し急しくて四日許《ば》り來ねえでたのを、汝《うな》ア憤《おこ》つたのげえ?』
『嘘《うそ》だ!』とお定は囁く。
『嘘でねえでヤ。俺ア眞實《ほんと》に、汝《うな》アせえ承知して呉《け》えれば、夫婦《いつしよ》になりてえど思つてるのに。』
『嘘だ!』とお定はまた繰返して、一層強く男の胸に顏を埋めた。
暫しは女の歔欷《すゝりな》く聲のみ聞えてゐたが、丑之助は、其漸く間斷々々《とぎれ/\》になるのを待つて、
『汝《うな》ア頬片《ほつぺた》、何時來ても天鵞絨《びろうど》みてえだな。十四五の娘子《めらしこ》と寢る樣だ。』と言つ
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