子どがえ?』
『然《さ》うしや。』
『八幡樣のお祭禮《まつり》にや、まだ十日もあるべえどら。』
『八幡樣までにや、稻刈が始るべえな。』
『何しに行《え》ぐだあ?』
『お八重さんが千太郎さま宅《とこ》さ用あつて行くで、俺も伴《つ》れてぐ言ふでせア。』
『可《え》がべす、老爺《おやぢ》な。』とお八重も喙を容れた。
『小遣錢《こづけえ》あるがえ?』
『少許《すこし》だばあるども、呉《け》えらば呉《け》えで御座え。』
『まだお八重ツ子がら、御馳走《ごつちよう》になるべな。』
と言つて、定次郎は腹掛から五十錢銀貨一枚出して、上框《あがりがまち》に腰かけてゐるお定へ投げてよこした。
お八重はチラとお定の顏を見て、首尾よしと許り笑つたが、お定は父の露疑はぬ樣を見て、温《おとな》しい娘だけに胸が迫つた。さしぐんで來る涙を見せまいと、ツイと立つて裏口へ行つた。
五
夕方、一寸でも他所《よそ》ながら暇乞に、學校の藤田を訪ねようと思つたが、其暇もなく、
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