農家の常とて夕餉は日が暮れてから濟ましたが、お定は明日着て行く衣服《きもの》を疊み直して置くと云つて、手ランプを持つた儘、寢室にしてゐる四疊半許りの板敷に入つた。間もなくお八重が訪ねて來て、さり氣ない顏をして入つたが、
『明日着て行ぐ衣服《きもの》すか?』と、態《わざ》と大きい聲で言つた。
『然うす。明日着て行ぐで、疊み直してるす。』と、お定も態《わざ》と高く答えて、二人目を見合せて笑つた。
お八重は、もう全然《すつかり》準備《したく》が出來たといふ事で、今其風呂敷包は三つとも持出して來たが、此家《こゝ》の入口の暗い土間に隱して置いて入つたと言ふ事であつた。で、お定も急がしく萠黄の大風呂敷を擴げて、手※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]りの物を集め出したが、衣服といつても唯《たつた》六七枚、帶も二筋、娘心には色々と不滿があつて、この袷は少し老《ふ》けてゐるとか、此袖口が餘り開き過ぎてゐるとか、密《ひそ》々話に小一時間もかゝつて、漸々《やう/\》準備《したく》が出來た。
父も母もまだ爐邊《ろばた》に起きてるので、も少し待つてから持出さうと、お八重は言ひ出したが、お定は些
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