手の畑へ、父と弟と三人で粟刈に行つた。それも午前には刈り了へて、弟と共に黒馬《あを》と栗毛の二頭で家の裏へ運んで了つた。
 母は裏の物置の側に荒蓆を布いて、日向ぼツこをしながら、打殘しの麻絲を砧《う》つてゐる。三時頃には父も田※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]りから歸つて來て、厩の前の乾秣《やた》場で、鼻唄ながらに鉈や鎌を研ぎ始めた。お定は唯もう氣がそは/\して、別に東京の事を思ふでもなく、明日の別れを悲むでもない、唯何といふ事なくそは/\してゐた。裁縫も手につかず、坐つても居られず、立つても居られぬ。
 大工の家へ裏傳ひにゆくと、恰度お八重一人ゐた所であつたが、もう風呂敷包が二つ出來上つて、押入れの隅に隱したあつた。其處へ源助が來て、明後日の夕方までに盛岡の、停車場前の、松本といふ宿屋に着くから、其處へ訪ねて一緒になるといふ事に話をきめた。
 それからお八重と二人家へ歸ると、父はもう鉈鎌を研ぎ上げたと見えて、薄暗い爐邊《ろばた》に一人踏込んで、莨を吹かしてゐる。
『父爺《おやぢ》や。』とお定は呼んだ。
『何しや?』
『明日《あした》盛岡さ行つても可えが?』
『お八重ツ
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