多きを喜ぶ。さればお定は、丑之助がお八重を初め三人も四人も情婦を持つてる事は熟《よ》く知つてゐるので、或晩の如きは、男自身の口から其情婦共の名を言はして擽《くすぐ》つて遣《や》つた位。二人の間は別に思合つた譯でなく、末の約束など眞面目にした事も無いが、怎《どう》かして寢つかれぬ夜などは、今頃丑さんが女と寢てゐるかと、嫉《や》いて見た事のないでもない。私とお八重さんが居なくなつたら、丑さんは屹度お作の所に許りゆくだらうと考へると、何かしら妬《ねた》ましい樣な氣もした。
 胸に浮ぶ思の數々は、それからそれと果《はて》しも無い。お定は幾度か一人で泣き、幾度か一人で微笑《ほほゑ》んだ。そして、遂うと/\となりかゝつた時、勝手の方に寢てゐる末の弟が、何やら聲高に寢言を言つたので、はツと目が覺め、嗚呼あの弟は淋しがるだらうなと考へて、睡氣《ねむけ》交りに涙ぐんだが、少女心の他愛なさに、二人の弟が貰ふべき嫁を、誰彼となく心で選んでゐるうちに、何時しか眠つて了つた。

      四

 目を覺ますと、弟のお清書を横に逆まに貼つた、枕の上の煤けた櫺子《れんじ》が、僅かに水の如く仄めいてゐる。誰もまだ起
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