『末藏が家でや、唯《たつた》四十圓で家屋敷白井樣に取上げられでねえすか。』とお八重が言つた。
『雖然《だども》なす、お八重さん、源助さん眞《ほんと》に伴《つ》れてつて呉《け》えべすか?』とお定は心配相に訊く。
『伴れて行くともす。今朝誰も居ねえ時聞いて見たば、伴れてつても可《え》えつて居《え》たもの。』
『雖然《だども》、あの人《しと》だつて、お前達の親達さ、申譯なくなるべす。』
『それでなす、先方《あつち》ア着いてから、一緒に行つた樣でなく、後から追驅けて來たで、當分東京さ置ぐからつて手紙寄越す筈にしたものす。』
『あの人《しと》だばさ、眞《ほんと》に世話して呉《け》える人《しと》にや人《しと》だども。』
 此時、懐手してぶらりと裏口から出て來た源助の姿が、小屋の入口から見えたので、お八重は手招ぎしてそれを呼び入れた。源助はニタリ相好を崩して笑ひ乍ら、入口に立ち塞《はだか》つたが、
『まだ、日が暮れねえのに情夫《をとこ》の話ぢや、天井の鼠が笑ひますぜ。』
 お八重は手を擧げて其高聲を制した。『あの源助さん、今朝の話ア眞實《ほんと》でごあんすよ。』
 源助は一寸眞面目な顏をしたが、
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