みであつた。怎《どう》して私などが東京へ行かれよう、と胸の中で呟《つぶ》やいたのである。そして、今日隣家の松太郎といふ若者が、源助さんと一緒に東京に行きたいと言つた事を思出して、男ならばだけれども、と考へてゐた。
三
翌日は、例の樣に水を汲んで來てから、朝草刈に行かうとしてると、秋の雨がしと/\降り出して來た。厩《うまや》には未だ二日分許り秣《まぐさ》があつたので、隣家の松太郎の姉に誘はれたけれども、父爺《おやぢ》が行かなくても可《い》いと言つた。仕樣事なさに、一日門口へ立つて見たり、中へ入つて見たりしてゐたが、蛇の目傘をさした源助さんの姿が、時々彼方此方《あちこち》に見えた。禿頭の忠太爺と共に、お定の家の前を通つた事もあつた。其時、お定は何故といふ事もなく家の中へ隱れた。
一日降つた肅《しめ》やかな雨が、夕方近くなつて霽《あが》つた。と穢《きたな》らしい子供等が家々から出て來て、馬糞交りの泥濘を、素足で捏《こ》ね返して、學校で習つた唱歌やら流行歌やらを歌ひ乍ら、他愛もなく騷いでゐる。
お定は呆然《ぼんやり》と門口に立つて、見るともなく其を見てゐると、大工の家のお
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