女乞食は、大儀相に草の中から頭を擡《もた》げたが、垢やら埃やらが流るる汗に斑《ふ》ちて、鼻のひしやげた醜い面に、謂ふべからざる疲労と苦痛の色。左の眉の上に生々しい痍《きず》があつて、一筋の血が頬から耳の下に伝つて、胸の中へ流れてゐる。
『馬に蹴られて、歩けねえだもん。』と、絶え入りさうに言つて、又俯臥した。
 定老爺は、暫く凝《じつ》と此女乞食を見てゐたが、『村まで行つたら可がべえ。医者様もあるし巡査も居るだア。』と言捨てゝ、ガタ/\荷馬車を追つて行つて了つた。
 私共は、ズラリと女の前に立披《たちはだか》つて見てゐた。稍あつてから、豊吉が傍に立つてゐる万太郎といふのの肩を叩いて、『汚ねえ乞食《ほいど》だでア喃《なあ》。首玉ア真黒だ。』
 草の中の赤児が、怪訝相《けげんさう》な顔をして、四這《よつばひ》になつた儘私共を見た。女はビクとも動かぬ。
 それを見た豊吉は、遽《には》かに元気の好い声を出して、『死んだどウ、此乞食ア。』と言ひながら、一掴《ひとつか》みの草を採つて女の上に投げた。『草かけて埋めてやるべえ。』
 すると、皆も口々に言罵つて、豊吉のした通りに草を投げ初めた。私は一人
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