表紙の襤褸《ぼろぼろ》になつた孝経やら十八史略の端本《はほん》やらを持つて、茶話ながらに高島先生に教はりに行く事などもあつたものだ。
 其頃父は三十五六、田舎には稀な程晩婚であつた所為《せゐ》でもあらうか、私には兄も姉も、妹もなくて唯一粒種、剛《きつ》い言葉一つ懸けられずに育つた為めか背丈だけは普通であつたけれども、ひよろ/\と痩せ細つてゐて、随分近所の子供等と一緒に、裸足《はだし》で戸外《そと》の遊戯もやるにかゝはらず、怎《どう》したものか顔が蒼白く、駆競《かけくら》でも相撲でも私に敗ける者は一人も無かつた。随つて、さうして遊んでゐながらも、時として密《こつそ》り一人で家に帰る事もあつたが、学校に上つてからも其性癖が変らず、楽書をしたり、木柵を潜《くぐ》り抜けたりして先生に叱られる事は人並であつたけれど、兎角卑屈で、寡言《むつつり》で、黒板に書いた字を読めなどと言はれると、直ぐ赤くなつて、俯《うつむ》いて、返事もせず石の如く堅くなつたものだ。自分から進んで学校に入れて貰つたに拘らず、私は遂《つい》学科に興味を有てなかつた。加之《のみならず》時には昼休に家へ帰つた儘、人知れず裏の物置に
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