なへし》、其草原は四季の花に富んでゐるので、私共はよく遊びに行つたものだが、其頃は、一面に萱草の花の盛り、殊にも水車小屋の四周《まはり》には沢山咲いてゐた。小屋の中には、直径二間もありさうな大きい水車が、朝から晩までギウ/\と鈍い音を立てて廻つてゐて、十二本の大杵が断間もなく米を搗いてゐた。
 私は其日、晒布《さらし》の袖無を着て帯も締めず、黒股引に草履を穿いて、額の汗を腕で拭き/\、新家の門と筋向になつた或駄菓子屋の店先に立つてゐた。
 と、一町程先の、水車小屋へ曲る路の角から、金次といふ近江屋の若者が、血相変へて駈けて来た。
『何したゞ?』と誰やら声をかけると、
『藤野|様《さん》ア水車の心棒に捲かれて、杵に搗かれただ。』と大声に喚いた。私は偽《うそ》とも真《まこと》とも解らず、唯強い電気にでも打たれた様に、思はず声を立てて『やあ』と叫んだ。
 と、其若者の二十間許り後から、身体中真白に米の粉を浴びた、髭面の骨格の逞ましい、六尺許りの米搗男が、何やら小脇に抱へ込んで、これも疾風《はやて》の如くに駈けて来た。見るとそれは藤野さんではないか!
 其男が新家の門の前まで来て、中に入らうと
前へ 次へ
全28ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング