の堀立小屋の娘もあつて、潸々《さめ/″\》泣いてゐたが、私は、若しや先生は私にだけ證書を後で呉れるのではないかといふ樣な、理由もない事を心待ちに待つてゐた樣であつた。
軈て一人々々教員室に呼ばれて、それ/″\に誡められたり勵まされたりしたが、私は一番後※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]しになつた。そして、「お前はまだ年もいかないし、體も弱いから、もう一年二年生で勉強して見ろ。」と言はれて、私は聞えぬ位に「ハイ」と答へて叩頭《おじぎ》をすると、先生は私の頭を撫でて、「お前は餘り穩《おとな》し過ぎる。」と言つた、そして卓子《テーブル》の上のお盆から、麥煎餅を三枚取つて下すつたが、私は其時程先生のお慈悲を有難いと思つた事はなかつた。其室には、村長樣を初め二三の老人達がまだ殘つてゐた。
私は紙に包んだ紅白の餅と麥煎餅を、兩手で胸に抱いて、悄々《しを/\》と其處を出て來たが、昇降口まで來ると、唯もう無暗に悲しくなつて、泣きたくなつて了つた。喉まで出懸けた聲は辛うじて噛殺したが、先生の有難さ、友達に冷笑《ひやかさ》れる羞《はづ》かしさ、家へ歸つて何と言つたものだらうといふ樣な事
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