ら眞直に北に開いた國道を塵塗れの黒馬の蹄に埃を立てて往返《ゆきかへ》りしてゐた。其日私共が五六人、其空荷馬車に乘せて貰つて、村端れから三四町の、水車へ行く野川の土橋《どばし》まで行つた。一行は皆腕白盛りの百姓子、中には腦天を照りつける日を怖れて大きい蕗の葉を帽子代りに頭に載せたのもあつた。
土橋を渡ると、兩側は若松の並木、其|路傍《みちばた》の夏草の中に、汚い服裝《なり》をした一人の女乞食が俯臥《うつぶせ》に寢てゐて、傍には、生れて滿一年と經《た》たぬ赤兒が、嗄《しやが》れた聲を絞つて泣きながら、草の中を這※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]《はひまは》つてゐた。
それを見ると、馬車曳の定|老爺《おやぢ》が馬を止めて、『怎《どう》しただ?』と聲をかけた。私共は皆馬車から跳下《とびお》りた。
女乞食は、大儀相に草の中から顏を擡《もた》げたが、垢やら埃やらが流るる汗に斑《ふ》ちて、鼻のひしやげた醜い面に、謂ふべからざる疲勞と苦痛の色。左の眉の上に生々しい痍《きず》があつて一筋の血が頬から耳の下に傳つて、胸の中へ流れてゐる。
『馬に蹴られて、歩けねえだもん。』と、絶え入り
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