頭から斜めに踵へかけて、生々しい紅の血が、三分程の幅に唯一筋!
其直ぐ後を、以前の若者と新家の旦那が駈け出した。旦那の又直ぐ後を、白地の浴衣を着た藤野さんの阿母《おかあ》さん、何かしら手に持つた儘、火の樣に熱した礫の道路を裸足《はだし》で……
其キッと堅く結んだ口を、私は、鬼ごツこに私を追駈けた藤野さんに似たと思つた。無論それは一秒時の何百分の一の短かい間。
これは、百度に近い炎天の、風さへ動かぬ[#「ぬ」は底本では「ね」]眞晝時に起つた光景だ。
私は、鮮かな一筋の血を見ると、忽ち胸が嘔氣《はきけ》を催す樣にムッとして、目が眩んだのだから、阿母さんの顏の見えたも不思議な位。夢中になつて其後から駈け出したが、醫者の門より二三軒手前の私の家へ飛び込むと、突然仕事をしてゐた父の膝に突伏した儘、氣を失つて了つたのださうな。
藤野さんは、恁《か》うして死んだのである。
も一つの記憶も、其頃の事、何方が先であつたか忘れたが、矢張夏の日の嚇灼たる午後の出來事と憶《おぼ》えてゐる。
村から一里許りのK停車場に通ふ荷馬車が、日に二度も[#「も」は底本では脱字]三度も、村端《むらはづれ》か
前へ
次へ
全29ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング