。
『真個に疲れましたなあ。』と雀部も言つた。
『斯う疲れると、もう何も彼も要らない。………彼処の家でも皆で二升位飲んだでせうね?』
『一升五合位なもんでせう。皆下地のあつたところへ酒が悪かつたから、一層《いつそ》利いたのですよ。』
『此処へもう、寝て了ひたくなつた。』
校長は薄暗い中で体をふらふらさしてゐた。
『目賀田さんは随分弱つたやうですね。』と多吉が言つた。
『いや真個に気の毒でした。彼処の橋のない処へ来たら、子供みたいにぶつぶつ言つて歩かないんだもの。』
『あの態《ふう》ぢや何《ど》うせ学校へ泊るんでせうね?』
『兎《と》ても帰れとは言はれません。』校長が言つた。『一体お老人《としより》は、今日のやうな遠方の会へは出なくても可ささうなもんですがねえ。』
『校長さん、さうは言ひなさるな。誰が貴方、好き好んで出て来るもんですか? 高い声では言はれないが、目賀田さんは私あ可哀相だ。――老朽の准訓導でさ。何時《なんどき》罷《や》めさせられるかも知れない身になつたら………』
『それはさうです。全くさうです。』
『それを今の郡視学の奴は、あれあ莫迦ですよ。何処の世に、父親《おやぢ》のや
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