うな老人《としより》を捉へてからに何だの彼《か》だの――あれあ余程莫迦な奴ですよ。莫迦でなけれあ人非人だ。』
酒気の名残があつた。
『解りました。』と、舌たるい声で校長が言つた。
話が切れた。
待つても待つても目賀田は来なかつた。遂々《たうたう》雀部は大きな※[#「口+去」、第3水準1−14−91]呻《あくび》をした。
『ああ眠くなつた。目賀田さんは何うしたらうなあ。まさかあの儘寝て了つたのぢやないだらうか。』
『今来るでせう。ああ、小使が風炉《ふろ》を沸かしておけば可いがなあ。』
さう言ふ校長の声も半分は※[#「口+去」、第3水準1−14−91]呻《あくび》であつた。
水の音だけがさらさらと聞えた。
「己はまだ二十二だ。――さうだ、たつた二十二なのだ。」多吉は何の事ともつかずに、さう心の中に思つて見た。
そして巻煙草に火を点けて、濃くなりまさる暗《やみ》の中にぽかりぽかりと光らし初めた。
松子はそれを、隣りの石から凝《じつ》と目を据ゑて見つめてゐた。
[#地から1字上げ]〔「新小説」明治四十三年四月号〕
底本:「石川啄木全集 第三巻 小説」筑摩書房
1978
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