るだけで、光の淡《うす》い星影が三つ四つ数へられた。
『あら、変だわ。声のするのは彼方《あつち》ぢやありませんか?』と、稍あつて松子は川下の方を指した。
『さうですね。……変ですね。』
『若しか外の人だつたら、私達が此処に斯《か》うしてるのが可笑いぢやありませんか?』
『ああ、あれは雀部さんの声だ。さうでせう? さうですよ。』
『ええ、さうですね。何うして彼方《あつち》から……』
 多吉は両手で口の周囲《まはり》を包むやうにして呼んだ。『先生い。何処を歩いてるんでせう?』
『おう。』と間《ま》をおいて返事が聞えた。確かに川下の方からであつた。
 間もなく夕暗《ゆふやみ》の川縁に三人の姿が朧気《おぼろげ》に浮び出した。
『何うしてそんな方から来たんです?』
『今井さん一人ですか?』
『矢沢さんもゐます。余り遅いから今もう先に帰つて了はうかと思つてゐたところでした。』
『いや、済みませんでした。』
『何《ど》うしてそんな方から来たんです? 其方には路がなかつたぢやありませんか?』
『いや、失敗失敗。』
 それは雀部が言つた。
『狐にでも魅《つま》まれたんですか?』
『今井さん、穏《おとな》
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