ぢやありませんか?』
『僕は唯|可笑《をかし》かつた。口惜しくつて男泣きに泣いたなんか振《ふる》つてるぢやありませんか?』
『一体あれは真個《ほんと》でせうか? 誰か中傷したんでせうか?』
『さあ。貴方は何と思ひます?』
『解らないわ。………。』
『我田引水ですね。』
『ぢやないのよ。ですけれども、何だかそんな気がするわ。』
『男の方では…………………………………?』
『ええ。まあそんな………。そしてあの山屋さんて方、屹度私、意志の弱い方だと思ふわ。』
『さうかも知れませんね。………』
『ですけれど、誰でせう、視学に密告したのは?』
『それあ解つてますよ。――老人《としより》達があんな子供らしい悪戯《いたづら》をするなんて、可笑いぢやありませんか?』
『真個だわ。………私達の知つてる人でせうか?』
『知れてるぢやありませんか?』
『雀部先生ね。屹度さうだわ。――大きい声では言はれないけれども。』
『あ、お待ちなさい。』
 と言つて多吉は聞耳を立てた。
 渓川の水がさらさらと鳴つた。
『声がしたんですか?』
『黙つて。』
 二人は坂を見上げた。空は僅かに夕照《ゆふばえ》の名残をとどめてゐ
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