『おいおい。』さう言ひながら多吉は子供等の群に近づいて行つた。『お前達は善い先生を持つて幸福《しあはせ》だね。』
 子供等は互ひに目を見合つて返事を譲つた。前の方にゐたのは逃げるやうに皆の後へ廻つた。
『お前達は何を一番見たいと思つてる?』多吉はまた言つた。
 それにも返事はなかつた。
『何か見たいと思つてる物があるだらう?………誰も返事をしないのか? はははは。T――村の生徒は石地蔵みたいな奴ばかりだと言はれても可いか?』
 子供等は笑つた。
『物を言はれたら直ぐ返事をするもんだ、お前達の先生はさう教へないか? 此方《こつち》から何か言つて返事をしなかつたら、殴つても可い。先方《むかう》で殴つて来たら此方からも殴れ。もつとはきはきしなけあ可かん。』
『己《おら》あ軍艦見たい、先生。』
 道化た顔をしたのが後の方から言つた。
『軍艦? それから?』
『己あ蓄音機だなあ。』と他の一人が言ふ。
『ようし。軍艦に蓄音機か。それでは今度は直ぐ返事をするんだぞ。可いか?』
『はい。』と皆一度に言つた。
『お前達は汽車を見た事があるか?』
『有る。』『無い。』と子供等は口々に答へた。
『見た事が
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