ましえんか。』――斯ういふ風に聞き苦しい田舎教師の言葉が門の外までも聞えて来た。門に向いた教室の格子窓には、窓を脊にして立つてゐる参観の教師達の姿が見えた。
 がたがたと再び机や腰掛の鳴る音の暗い家《うち》の中から聞えた時は、もう五十分の授業の済んだ時であつた。生徒は我も我もと先を争うて明い処へ飛び出して来た。が、其の儘家へ帰るでもなく、年長《としかさ》の子供等は其処此処に立つて何かひそひそ話し合つてゐた。門の外まで出て来て、『お力《りき》い、お力い。』と体を屈《こご》めねばならぬ程の高い声を出して友達を呼んでゐる女の子もあつた。
 教師達は五人も六人も玄関から出て来て、交る交る裏手の便所へ通つた。其の中には雀部もゐた、多吉もゐた。多吉は大きい欠呻《あくび》をしながら出て来て、笑ひながら其処辺《そこら》にゐる生徒共を見廻した。多くは手織の麻か盲目地《めくらぢ》の無尻に同じ股引を穿《は》いたそれ等の服装《みなり》は、彼の教へてゐるS村の子供とさしたる違ひはなかつた。それでも「汽車に遠い村の子供」といふ感じは何処となく現れてゐた。生徒の方でも目引き袖引きして此の名も知らぬ若い教師を眺めた。
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