》の声が鎮まつてゐて、校庭の其処からも此処からもぞろぞろと子供等が駈けて来て交る交る礼をした。水槽《みづぶね》の水に先を争うて首を突き出す牧場の仔馬《こうま》のやうでもあつた。
『さあさあ、何卒《どうぞ》。』ひどく訛《なまり》のある大きい声が皆の眼を玄関に注がせた。其処には背の低い四十五六の男が立つて、揉手をしながら愛相笑ひをしてゐた。色の黒い、痘痕《あばた》だらけの、蟹の甲羅のやうな道化《おどけ》た顔をして、白墨《チヨオク》の粉の着いた黒木綿の紋付に裾短い袴を穿いた――それが真面目な、教授法の熟練な教師として近郷に名の知れてゐる、二十年の余も同じ山中の単級学校を守つて来た此処の校長の田宮であつた。
『もう皆さんはお揃ひですか。』
『さうであす。先刻《さつき》から貴方方のお出をお待ち申してゐたところで御《ご》あした。』
『お天気で何よりでしたなあ。』
『真個《ほんと》にお陰さまであした。――さあ、ままあ何卒《どうぞ》。』
『□□の先生はもう来ましたか。』と雀部は路すがら話した眇目《かため》の教師の事を聞いた。
『××さんは今日の第一着であした。さ、さ、まあ――』
『何卒《どうぞ》お先に
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