と、梅や桃を植ゑた農家の垣根の間の少し上りになつた凸凹路《でこぼこみち》を、まだ二十歩とは歩かぬうちに、行手には二三人の生徒らしい男の児の姿が見えた。其の一人は突然《いきなり》大きい声を出して、『来た。来た。』と叫んだ。年長《としかさ》の一人はそれを制するらしく見えた。そして一緒に、敵を見付けた斥候のやうに駈けて行つて了つた。目賀田は立止つて端折つた裾を下し、校長と雀部をやり過して、其の後に跟《つ》いた。
 雨風に朽ちて形ばかりに立つてゐる校門が見えた。農家を造り直して見すぼらしい茅葺の校舎も見えた。門の前には両側に並んでゐる二三十人の生徒があつた。大人のやうに背のひよろ高いのもあれば、海老茶色の毛糸の長い羽織の紐を総角《あげまき》のやうに胸に結んでゐるのもあつた。一目見て上級の生徒である事が知れた。
『甘くやつてる哩《わい》。』と多吉は先づ可笑く思つた。それは此処の学校の教師の周到な用意に対してであつた。
 一行が前を通る時に、其の生徒共は待構へてゐたやうに我遅れじと頭を下げた。「ふむ。」と校長も心に点頭《うなづ》くところがあつた。気が付くと、其の時はもう先に聞えてゐた騒擾《どよめき
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