は一種の生理的なんですね。』
『え?』
『貴方はまだ校長の細君に逢つた事はありませんでしたね?』
『ええ。』
『大将細君には頭が上らないんですよ。――聟《むこ》ですからね。それに余《あんま》り子供が多過るもんですからね。』
『………』
『実際ですよ。土芋《つちいも》みたいにのつぺりした、真黒な細君で、眼ばかり光らしてゐますがね。ヒステリイ性でせう。それでもう五人子供があるんです。』
『五人ですか?』
『ええ。こんだ六人目でせう。またそれで実家《うち》へ帰つてるんださうですから。』
『もうお止しなさい。聞えますよ。』
『大丈夫です。』
 さう言つたが、多吉は矢張《やつぱ》りそれなり口を噤《つぐ》んだ。間隔《あひだ》は七八間しかなかつた。
 雀部は下から揶揄《からか》つた。『…………………………今井さん、矢沢さん。』
 校長も嗄《かす》れた声を出して呼んだ。『少し早く歩いて下さい。』
『急ぎませう。急ぎませう。』と松子は後から迫《せ》き立てた。
 追着くと多吉は、
『貴方方は仲々早いですね。』
『早いも遅いもないもんだ。何をそんなに――話してゐたのですか?』雀部は両手を上衣の衣嚢《かくし》
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