多吉は坂下の方を指した。
『ええ。』松子は安心したやうな眼付をした。『目賀田先生はああして先になつてますけれども、帰途《かへり》には屹度《きつと》一番後になりますよ。』
『其の時は二人で手を引いてやりますか?』
『厭ですよ、私は。』
『止せば可《い》いのに下駄なんか穿いて、なんて言はれないやうだと可いですがね。』
『あら、私は大丈夫よ。屹度歩いてお目にかけますわ。』
『尤も、老人《としより》が先にまゐつて了ふのは順序ですね。御覧なさい。ああして年の順でてくてく坂を下りて行きますよ。ははは。面白いぢや有りませんか?』
『ええ。先生は随分お口が悪いのね。』
『だつて、面白いぢやありませんか? あつ、躓《つまづ》いた。御覧なさい、あの目賀田|爺《ぢい》さんの格好。』
『ほほほほ。………ですけれど、私達だつて矢張坂を下りるぢやありませんか?』
『貴方もお婆さんになるつて意味ですか?』
『まあ厭。』
『厭でも応でもさうぢやありませんか?』
『そんなら、貴方だつて同じぢやありませんか?』
『僕は厭だ。』
『厭でも応でも。ほほほほ。』
『人が悪いなあ。――然し考へて御覧なさい。僕なんかお爺さんになる
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