やうだん》ぢやない。これでも若い気か知ら。」さういふ思ひは真面目であつた。
『貴方は髭が有るから為方《しかた》がないですよ。』
 松子は吹出して了つた。
『校長さん、校長さん。』雀部は靴を拭いて了つて歩き出した。『矢沢さんは一人で、あとは皆男ですよ。これは何うします?』
『さうですな。』
『………………………………………………………………………………………』
『これだけは別問題です。さうして置きませう。』
 雀部は燥《はしや》ぎ出した。『私が女に生れて、矢沢さんと手を取つて歩けば可《よ》かつたなあ。ねえ、矢沢さん。さうしたら――』
『貴方が女だつたら、…………………………』四五間先にゐた目賀田が振回《ふりかへ》つた。『……飲酒家《さけのみ》の背高の赤髯へ、…………………………』
 言ひ方が如何にも憎さ気であつたので、校長は腹を抱《かか》へて了つた。松子もしまひには赧《あか》くなる程笑つた。
 程なく土の黒い里道《りだう》が往還を離れて山の裾に添うた。右側の田はやがて畑になり、それが段々幅狭くなつて行くと、岸の高い渓川に朽ちかかつた橋が架つてゐた。
 橋を渡ると山であつた。
 高くもない
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