−66]が餌《ゑ》をあさりながら校庭へ入つて行つて。
 霧はもう名残もなく霽《は》れて、澄みに澄んだ秋の山村《さんそん》の空には、物を温めるやうな朝日影が斜めに流れ渡つてゐた。村は朝とも昼ともつかぬやうに唯物静かであつた。
 水銀のやうな空気が歩みに随つて顔や手に当り、涼気《つめたさ》が水薬《すゐやく》のやうに体中《からだぢゆう》に染みた。「頭脳《あたま》が透き通るやうだ。」と多吉は思つた。暫らくは誰も口を利かなかつた。
 村端れへ出ると、殿《しんがり》になつて歩いて来た校長は、
『今井さん。今日は不思議な日ですな。』と呼びかけた。
『何うしてです?』
『靴を穿いた人が二人に靴でない人が三人、髭のある人が二人に髭のない人が三人、皆二と三の関係です。』
『さうですね。』多吉は物を捜すやうに皆を見廻した。そして何か見付けたやうに、俄《には》かに高く笑ひ出した。
『さう言へばさうですな。』と背の高い雀部も振回《ふりかへ》つた。『和服が三人に洋服が二人、飲酒家《さけのみ》が二人に飲まずが三人。ははは。』
『飲酒家《さけのみ》の二人は誰と誰ですい?』目賀田は不服さうな口を利いた。
『貴方と私さ。
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