すか。ぢや手紙が着いたんですね?』と親しげな口を利いたが、些と俯向加減にして立つてゐる智惠子の方を偸《ぬす》み視て、
『失禮しました、俥の上で。……お先に。』と挨拶する。
『私こそ……。』と靜子は初心《うぶ》らしく口の中で言つて頭を下げた。
『どつこいしよ。』と許り、元吉は俥を曳出す。二人は其後を見送つて呆然《ぼんやり》立つてゐた。
吉野は、中背の、色の淺黒い、見るから男らしく引緊つた顏で、力ある聲は底に錆を有つた。すぐ目に附くのは、眉と眉の間に深く刻まれた一本の皺で烈しい氣象の輝く眼は、美術家に特有の何か不安らしい働きをする。
俥が橋を渡り盡すと、路は少し低くなつて、繁つた楊柳《やなぎ》の間から、新らしい吉野の麥藁帽が見える。橋はその時まで、少し搖《ゆ》れてゐた。
『私、甚※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《どんな》に困つたでせう、這※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《こんな》扮裝《なり》をしてゐて!』と靜子は初めて友の顏を見た。
『其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4
前へ
次へ
全201ページ中88ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング