咲いた。
 二人は鋼線《はりがね》を太い繩にした欄干に靠《もた》れて西日を背に受け乍ら、涼しい川風に袂を嬲らせて。
『そうら、彼《あれ》は屹度昌作さんよ。』と、靜子は今しも川上の瀬の中に立つてゐる一人の人を指さした。鮎を釣《か》けてゐるのであらう、編笠を冠つた背の高い男が、腰まで水に浸つて頻りに竿を動かしてゐる。種鮎か、それとも釣《かゝ》つたのか、ヒラリと銀色の鰭が波間に躍つた。
『だつて、昌作さんが那※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]!』と智惠子も眸を据ゑた。
『あら、鮎釣には那※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]|扮裝《なり》して行くわ、皆。……昌作さんは近頃毎日よ。』と言つてる時、思ひがけなくも礫々《ごろ/\》といふ音響が二人の足に響いた。
 一臺の俥が、今しも町の方から來て橋の上に差懸つたのだ。二人は期せずして其方に向いたが、
『あら!』と靜子は聲を出して驚いて忽ち顏を染めた。女心は矢よりも早く、己が服裝の不行儀なのを恥ぢたので。

      四

 近づく俥の音は遠雷の如く二人の足に響いて
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