お客樣よ。』
『何故?』
『何故でも。』と笑顏を作つて、『そうら御覽なさい。』
その時また鮮かな鳥影が障子を横ざまに飛んだ。
『ハハヽヽ。迷信家だね。事によつたら吉野が今日あたり着くかも知れないがね。』
二
『あら、四五日中にお立ちになるつて昨日の手紙ぢやなかつたの?』
『然《さ》うさ。だがあの男の豫定位あてにならないものは無いんだ。雷《かみなり》みたいな奴よ、雲次第で何時でも鳴り出す……。』と信吾は其處に腰を下して、
『オイ、此衣服は少し短いんだから、長くして呉れ。』
『然う?』と、靜子は解きかけたネルの單衣に尺《ものさし》を使つて見て、『七寸……六分あるわ。短かゝなくつてよ、幾何《いくら》電信柱さんでも。』
『否《いや》短い。本人の言ふ事に間違ひつこなしだ。そら、其處に縫込んだ揚《あげ》があるぢやないか。それ丈下して呉れ。』
『だつて兄樣、さうすれば九寸位になつてよ。可いわ、そんなら八寸にしときませう。』『吝《けち》だな。も少し負けろ。』
『ぢや八寸一分?』
『もつと負けろ、氣に合はないから着ないと言つたら怎うする?』
『それは御勝手。』
『其※[#「麾」の「毛」
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