時《しばし》は二人が立留つてゐるのも氣附かぬ如くであつた。清子は初めから物思はし氣に俯向いて、そして、物も言はず、出來るだけ足を遲くしようとする。
『濟まなかつたわね、清子さん、恁※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《こんな》に遲くしちやつて。』と、も少し前に靜子が言つた。
『否。』と一言答へて清子は寂しく笑つた。
『だつて、お宅ぢや心配してらつしやるわ、屹度。尤も愼次さんも被來《いらし》たんだから可いけど……。』
『靜子さん!』と、稍あつてから力を籠めて言つて、昵と靜子の手を握つた。
『恁《か》うして居たいわ、私。……』
『え?』
『恁うして! 何處までも、何處までも恁うして歩いて……。』
靜子は譯もなく胸が迫つて、握られた手を強く握り返した。二人は然し互ひに顏を見合さなかつた。何處までも恁うして歩く! 此美しい夢の樣な言葉は華かな歌留多の後の、疲れて※[#「目+夢の夕に代えて目」、38−上−5]乎《ぼうつ》として、淡い月光と柔かな靄に包まれて、底もなき甘い夜の靜寂の中に蕩《とろ》けさうになつた靜子の心をして、譯もなき咄嗟の同情を起さしめた
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