信吾の顏を見るや否や、『何だねえお前、那※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《あんな》奴等の對手になつてさ! 九月になれや何處かの學校へ代用教員に遣るつて阿父樣が然《さ》う言つてるんだから、那※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]|愚物《ばか》にや構はずにお置きよ。お前の方が愚物《ばか》になるぢやないか!』と、險のある眼を一層激しくして譴《たしな》める樣に言つた。
 彼方の室からは子供らの笑聲に交つて、富江の躁《はしや》いだ聲が響いた。

   其四

      一

 遠くから見ただけの人は、智惠子をツンと取濟した、愛相のない、大理石の像の樣に冷い女とも思ふ。が、一度近づいて見ては、その滑《なめら》かな美しい肌の下に、ぱつちり[#「ぱつちり」に傍点]とした黒味勝の眼の底の、温かい心を感ぜずには居られぬ。
 同情の深い智惠子は、宿の子供――十歳になる梅ちやんと五歳の新坊――が、もう七月になつたのに垢染みた袷を着て暑がつてるのを、例《いつ》もの事ながら見るに見兼ねた。今日は幸ひ土曜日なので、授業が濟むと直
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